2025年7月5日、うつわギャラリー陶和で開催中の「新井尋詞・中村明美 二人展」に在廊中の新井さんから直接伺った、陶芸を始めたきっかけや、代表作「階段マグ」が誕生するまでの物語。その丁寧な手仕事と、奥深い想像力に触れた時間を、ここに綴ります。
陶芸の町・常滑に惹かれて
詩人・谷川俊太郎氏の父、谷川徹三氏の講演をきっかけに、常滑という町とやきものの文化に強く惹かれたという新井尋詞さん。
やきものを見るだけでは飽き足らず、自らも手を動かしたいという思いから、23歳で愛知県窯業高等技術専門校に入学。常滑の地で、陶芸家としての第一歩を踏み出されたそうです。
「階段マグ」との出会いと誕生秘話
独立した2013年から作り続けているという階段マグ。
その原点は、花器に添えた小さな階段から始まりました。最初は3段ほどの階段だったそうです。
ある日、お客様の「この階段がずっと続いているカップがあったら夢があって素敵だろうな」という言葉にインスピレーションを得て、改良を重ねて現在の形へと進化していったそうです。

建築的な視点で作られる、らせん階段のうつわ
らせん状に伸びた階段が1階のドアから2階のドアへ。階段シリーズは、ただの飾りではありません。まるで建築物のように、階段、ドア、庇(ひさし)といった構造が精密に作りこまれています。


櫛(金属のギザギザの入ったこてのような道具)でところどころ削り、印影を付けるため少しだけ凹ましたり、櫛目をふき取ったりしながら作る地模様は白壁のイメージ。
階段は、ひも状に伸ばした粘土に段を付けて、半渇きの白壁の本体に泥でくっつけ、階段の踊り場部分をコテで平にしたり、傾斜も考えながら一段一段作っていきます。
ドアの上には庇を。水勾配を考えながら雨が階段側に落ちるように調整。
細部へのこだわりは、このカップを手に取った建築家から「水勾配まで考えて作られた素晴らしい造形だ」と言っていただきとても嬉しかったそうです。
そんなお話を伺いながら、店内で階段制作の実演をしてくださいました。



気の遠くなるような作業によって完成する階段の造形。とんでもない時間を掛けながら、この階段マグは出来上がっているということにビックリしました。
焼きの偶然が生む美しさ——御本の器
新井さんの器には、淡いピンク色の斑点「御本(ごほん)」が現れることがあります。これは、還元焼成という特殊な焼き方と、素材に含まれる鉄分によって偶然生まれるもの。意図して作り出せない、窯の魔法ともいえる現象です。偶然の美が作品に深い味わいをもたらします。


作り手のやさしさがにじむ器たち
実際に在廊中の新井さんにお会いすると、作品と同じようにやさしく穏やかなお人柄が印象的でした。
一つひとつの工程に時間と愛情を込める姿は、まるでわが子を扱うかのよう。その手仕事を間近で見られたことは、忘れがたい体験となりました。